深岩石の謂れは、明治9年に廃寺となった岩本神社の深岩観音象にちなんだものであろうと推測されています。
観音象は、大芦川左岸の残丘状の凝灰岩山地に位置し、その姿は、山腹の洞窟の中にある観音堂に納められています。
石切場としての歴史は、遠く天保年間(1830~1843)まで遡り昔は地元、鹿沼市をはじめ旧例幣紙街道の北は日光から、南は栃木市近辺で石蔵・石塀・土留め・建物の基礎などに多数使用され、現在「石蔵」等は建築当時そのまま今も活躍中です。
戦後交通機関の発達により北は福島県会津地方、南は神奈川県鎌倉方面で使用される。
特に鎌倉霊園には大量の深岩石が使われました。
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